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(まど)い」





駆けつけたときには、甘寧がいると思われる総大将の部屋 は、既に入れないぐらい炎が燃え広がっていた。

「くそ・・これじゃぁ前に進めやし ねー!!」

襲い来る熱風と炎に入り口 を塞がれ立ち往生していたが、 ふと、廊下の四隅にあった水瓶に視線がいった。

それをなん ら躊躇せず頭から被り、慌てて中に入る。

「大丈夫 かっ!?」

其処には、 紅蓮の炎の中で今にも倒れそうなあいつがい た。

「・・・・ 誰・・・だ・・・・?」

「お い!!」

か細く聞こ えた声に慌て翔けより、倒れかけた身体を支え ると、空ろな視線をこちらに向け、何か問い掛けては来る。

だが、もう言葉さえもまともに紡げる状態ではないのか発せられる言葉は聞き取れなかった。

そし て・・・

「・・・・・・・ 周・・・泰」

最後、甘寧が気を失う寸前、こいつの口からはそう名前が紡がれたのが聞こえたのだった。

「・・・・周泰・・・って、周泰さんか・・・?」

倒れた甘寧を支えながら、ふと、昨夜山の中でこいつと一緒に見かけた相手を思い出す。

こちらからはコイツが邪魔で良く見えなかったが、もしかして・・・あれは・・・

「周泰さん・・・だったのか?」

そんな疑問が頭をよぎったとき、

「大丈夫 か!?」

遅れて魏の夏候惇が入ってきた。
 
俺と同じ様に、どっかで水でも被ったのだろう。その姿はまさに濡れ鼠といっても違わなかった。

「なんとかね」

慌てこちらに駆け寄ってくる夏候惇に甘寧を渡した。

「煙を吸いすぎたのか、俺がさっき来たときにはもう意識があまり無かったようですぜ」

「そうか・・・・」

そう言うと、夏候惇は手中にある甘寧を大事そうに抱き上げ、

「では、此処には長居は無用だ。さっさと出るとしよう」

そういって、来た道を戻り始めた。

「っていうか、すっげー執念・・・・こいつ、敵さんの首っ玉引っつかんだまま」

逃げる途中、夏候惇に抱き上げられている甘寧は意識が無いというのに、しとめた敵の首を未だ握り掴んでいる。

「まぁ、武将とはそんなもんだろう。それより、早く行くぞ!」

そう言いながら走る夏候惇を慌てて追いかけ、一先ず俺達は城の裏手へ――崖の上へ――と逃げた。







「此処まで来れば、大丈夫だろう・・・」

そう言い、抱き上げていた甘寧を草地へそっと降ろし、その横に腰を下ろした夏候惇。

「もう少し経てば呂蒙殿が来るはずだ」

安心しろ。 そう言われた気がし、俺はムッとした感情をそのままに夏候惇に言い返した。

「別に、びびってなんかいませんよ」

少々頭に着たが、ここであまり言い返してもしょうがないと思いそれだけ言い、後はだんまりを決め込み、その場に座り込んだ。

「そうか。・・・頑張ったな・・餓鬼」

言葉の半分は全て草地に横たわっているアイツへと告げられる。

餓鬼というのは、甘寧のことだろう。知り合いだとも言っていたし。

俺は立ち上がると、暫くは紅い花弁を撒き散らしながら燃え上がっている城へと視線を向けていた。

だがそれを、再び二人の方へ向けてみた時・・・

「・・・・・・・・んなッ!!?」

其処には、意識無く草地に横たわっている甘寧に接吻を施す夏候惇がいた。

「んなななななな・・・・ッ!!??!?!??」

驚いて言葉が続かない。

「な・なにやってんだあんた!!??」

何とかそれだけを言うと、夏候惇は顔を上げこちらを見て少し寂しそうに笑った。

「別にいいだろう。このぐらい」

「このぐらいって・・・・」

まさか・・・

「あんた、まさかこいつのこと・・・・?」

「・・・まぁ、な」

寂しそうに笑ったまま、優しく甘寧の髪を剥く夏候惇を見て、ふと昨夜山中で見た光景を思い出す。

まさ か・・・・

再び、そう思った瞬間に、俺の口は開いていた。

「まさか、あんたか!?昨夜の山の中のやつは!?」

「・・・何のことだ?」

訝しげにこちらを見やる夏候惇だが、そんなの構っていられるわけが無い。

俺は休む暇なく言葉を続ける。

「だから、こいつの恋仲だよ!!あんたなんだろ!!昨日こいつに接吻してたのは!!」

「悪いが、記憶に無いな。俺は昨夜、軍議から帰ってくる途中にこいつと会って、そのままお前さんが来るまで飲んでいたが?」

「・・・・え・・・・?」

じゃあ、誰なんだ・・・?

俺が考えているのを見て苦笑を浮かべこう言ってきた。

「お前が言ってるのは俺ではなく・・・きっと、周泰殿のことだろう・・・・」

「周・・泰さん・・・?」

その名前に再び先ほどの城の中での光景が頭をよぎっていく。



―――――火が上る。

紅い花弁を撒き散らしながら、燃え上がる業火の中。

意識が薄れゆく中で、アイツが呼ばわった名前。


『・・・・・・・周・・・泰』




やはり、周泰さんのことだったのか・・・

では、昨夜の山での中では周泰さんが・・・。


「じゃ・じゃぁ、何であんたはそんなことしてんだよ!?」

恋仲なのはこの際捨てといて。いや、あまり捨てておくのもどうかとは思うが。

周泰さんがいんのに、と俺は相手に問いただした。

「俺は唯の片恋だ」

「は?」

なんだって?片恋だ?

「こいつには出来れば幸せになってもらいたい」

何言ってるんだこいつは。

俺は夏候惇の言っている意味を図りかねていた。

こんな戦場のさなか、恋愛一つで幸せになってもらいたいと?

この血に濡れた道を信じて歩く輩(やから)に?

俺が唖然として、夏候惇を見ると、夏候惇は笑ってこう言ってきた。

「俺は、前にあった戦の折、餓鬼に会ってな、その時にこいつのことを気に入ったんだ」

そう言いながら、甘寧の髪を剥く夏候惇。

その表情は安堵とも言えるような、どこか安心している顔だった。

「気に入ったって・・・」

「こいつの戦い振りや、考え方。確かにあまり考えずに突っ込む性格だがそれでもこいつは回りを見てそのうえで考えている。そこが気に入った」

その台詞に、俺は溜息をつく。

そして、・・・・世の中には稀有な人物もいるのだと俺は心底思った。

たった・・・たった一回の戦で共に戦った仲だけという関係で、其処までコイツに惚れ込むか・・・

「・・・悪食だ・・・」

心底呆れそう呟いた。すると、夏候惇は苦笑し、

「ま、それは否定しない」

と言い、苦笑を小さな笑いへと変えた。

そこで一つの疑問が浮んだ。

「・・・・・なんでこいつの恋仲が周泰さんだって知ってんすか?」

呆れついでに自分が立っていた個所に腰を下ろし、この悪食ぐらいに聞いてみた。

「まぁ前から色々聞いていたからな。・・・それに、もっと言うと餓鬼と周泰殿が恋仲というのも正確じゃないな・・・」

「正確じゃない?」

その言葉の意味がわからず、首を捻る。

正確じゃないとは、どういう事だ?

その様子を見て、夏候惇が再び小さく笑った。

「ああ。餓鬼と周泰殿の関係は・・・そうだな、言ってしまえば必要最低限の関係というところか」

「・・・どういう意味ですか?」

何をそんな遠まわしに言ってくるのか分からず、苛立ちそのままに、聞き返した。

「つまりは、お互い割り切っての事だということだ」

そこまで言われて、俺はようやく理解の糸口を見つけた。

「つまりは、欲望の捌け口だと?」

「そういう事だ」

では、コイツは周泰殿とは恋仲ではないのか?

「だが、・・・此れが可笑しな事に餓鬼は前から本気だったんだ」

「・・・・・」

その言葉に、なんとなく全体が理解できてきた。

つまり、コイツは前から周泰殿のことが好きで、一先ず今現在はお互い欲望の捌け口として相手と付き合っているということか・・・・。

「・・・それでも、コイツに片恋だと・・・・?」

全て承知の上で、それでもコイツを思うのか・・・と、俺は今もなお横たわっている甘寧を指して、夏候惇に聞いてみた。

「どうせ、悪食だ。毒を食らわば皿までもと言っとくか」

笑いながらそうのたまう。

つまりはとことん片恋に浸かってやると。

「・・・・本当・・・わかんねー・・・」

そう言うと、夏候惇は又笑って「そうだろう」と言った。

何を好んでこのおっさんはそんな片恋という毒に突っ走るんだか・・・。

俺には全く持って理解不能だった。





そして、髪をすいてやってる様子を暫し見やってから、

「・・・こいつを魏に入れようとは思わねーんですか?」

「・・・・」

「・・・・そうすりゃ、俺はなんの気兼ねなくこいつを殺せる」

未だ気を失い、草地に横になってるヤツを見て、俺はそう呟いた。

こいつが魏へと下ってくれれば同じ軍でもなくなる。

そうなれば何の気兼ねなく裏切り者として、謀反人という大罪のもと、俺はこいつを殺せることが出来る。

「・・・そうだな・・・。だが、こいつは魏には来ないだろう」

「周泰さんですか?」

「・・・こいつは、呉にいることを選んだ。周泰殿とかは置いといて。だからこいつは抜けることは無いだろう。 俺も、魏に・・・孟徳の覇道を見ることを選んでいる。だから離れる気は毛頭無い。・・・きっと餓鬼も同じだろう」

そう言う夏候惇の横顔にはなんともいえぬ表情を見て取った。

「あんたは、それでいいんですか・・・?」

「どういうことだ?」

「こんなにも、あんたはコイツのことを好いていて、なのにコイツは周泰さんとそういう関係で」

「・・・まぁ、な。それで自分が納得しているんだ。別に不満ではないな」

本当かと思い、俺は夏候惇の顔を見たが、本人の顔は至って普通だった。

「はぁ・・・俺には全然分からないね。何で好きなやつが他のヤツと割り切った関係でいんのをそう見てるだけで押さえてるんだか・・・」

自分だったらきっと・・・いや、確実に横から掻っ攫ってる。

いや、その二人がきちんとした恋仲じゃないのなら掻っ攫うというのも違うか。

何にせよ、自分だったら我慢は出来るはずも無いだろう。

「ま、人それぞれというヤツだ。それにさっきも言ったように、俺は餓鬼に幸せになってもらいたいと思っただけだ」

「じゃぁ、その幸せにする対象が自分じゃなくてもいいと?」

「平たく言ってしまえばそうなるな」

「・・・・悪食って、何でもかんでも悪食になっちまうんですか・・・?」

呆れを通り越し、半ば感心しながら問う。

「さぁ?それは知らんな」

そう言って笑うこの夏候惇は侮れないとなんとなく直感した

。 「でも、いつかは魏と呉が戦うことにだってなるかもしれないんですよ?」

それでもいいのか・・・と、含みを持たせ問いかければ、

「ああ、そうだな」

「そうなりゃ、あんた、コイツを手にかけるかもしれないんですよ?」

「そうだ。だが、それがどうした?」

「どうしたって・・・」

唖然とその台詞を言い返す俺に、甘寧の髪を剥く手を止め、夏候惇は先ほどとは打って変った真剣な表情でこちらを真っ直ぐと見返してきた。

「お前が言いたい事は分かる。だが、その前に俺達は自分の国に仕える武将だ。敵国を切る事を躊躇ったらそこで自分の負けだ」

「・・・」

「例え、其処に恋人がいようが思い人がいようが、相手が敵国で刀を持ちこちらに向かってきたら切る。それが国に仕える武将ではないか?」

俺は返事に窮した。

確かにそうだ。

 そこに誰がいようと武将なら親でも切らねばならない。

 この戦乱の世、切れずにいるということは国に反することと同意となる。

 「凌統、お前だって今更国を捨てられるか?お前の父上が付き従った呉という国を」

その台詞に俺は慌て、否定をした。

 「んなことするわけないでしょ!!父上が着いてきた国を、息子の俺が捨てられるはずは無い!!」

俺の台詞に夏候惇は頷いて、

 「つまりは、そういう事だ。餓鬼も俺も、そしてお前も母国の何かに縛られ突き動かされる人形というわけだ」

 「人形・・・」

 「そうだ。魂を縛られ、肉体を操られた人形だ。親でも想い人でも、国に仕える者なら切る覚悟を持たなければならない。だがな・・・心だけは自 由なんだ」

 「え?」

 その台詞に、今まで冷たく真剣な表情が和らぎ、再び甘寧を見るときのようなどこか優しげのある顔となった。

そして、再び甘寧の髪を剥きはじめた。

 夏候惇は視線を再びそちらに向けながら、

 「俺は、餓鬼を思うことだけは自由だと思っている。人の心だけは縛りようが無いからな。俺は、お前が言うように餓鬼とは国が違う。そうなれば いずれは戦場で敵として対峙することになるだろう。だから俺では餓鬼 を幸せにすることは出来まい・・・・」

 その薄く笑みを含みながら紡がれる台詞に、俺の中の何かが崩れたような、そんな気がした。



 そして、その時に呂蒙殿の声と馬の蹄が駆ける音が遠くから聞こえてきた。

 「どうやら、ようやく迎えがきたようだな」

 そう言うと夏候惇は甘寧に再び自然な動きで接吻を施した。

 まるで、覚醒を促すかのように。

 「・・・・ハァ」

 俺はもう溜息をつくしか出来なくなっている自分がいる。

 何がいいんだか、この悪食は・・・・。

 「なぁ、凌統」

 「なんですか・・・?」

 呆れた声で返せば、夏候惇は甘寧を抱き上げ立ち上がった。

 その顔にはうっすらと人が悪い笑みを浮かべているような気がする。

 「お前はまだ餓鬼を怨んでいるか?」

 「当たり前でしょう?殿の命令で仕方なく手を出さないだけで、それがなけりゃ今この場で意識が無いうちにでもさっさと殺してあの業火の中に放 り込んでますよ」

 っけ、と毒づきながら未だ燃える城を指し、今まで座っていた腰を持ち上げた。

 「そうか・・・なら、一つ言っておこう」

 そう言いながら歩き出した相手を慌てて追いかけた。

 なんなんだ?一体。

 「なんですか言っておくことって・・・?」

 夏候惇は一先ず、遠くに見えた呂蒙殿に向かって「ここだ」、と一言かけてから、こちらに向き直った。

その顔は何処となく・・・いや、確実に笑っている。

 「人を怨むということはな・・・・」

 遠くから呂蒙殿の駆る馬の蹄の音が聞こえた。

 馬の蹄が徐々に大きくなり、話し声が聞こえづらくなってくる。



 「その怨んでいる相手をそれと同じぐらい“想っている”という事だ」



 そう聞こえた直後、呂蒙殿が馬から下り、慌ててこちらへと駆け寄ってきたのだった。






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