「惑い」
開戦の笛が木霊する。
俺がいる部隊も、それに合わせ突撃を開始した。
位置は敵城の真正面。俺以外には周泰がいる。
そして、魏の武将も2、3人。
笛の音に合わせ上がる雄たけび、罵声、そして馬蹄の轟く音。
一気に戦場と豹変したその場は当に地獄絵図のようだ。
「・・・っだ〜〜〜〜〜!!!もう!!」
そんな中、俺は馬を走らせながら未だ昨夜の周泰の態度が頭にちらつき、戦に全身を向けられないでいた。
「ったく・・・なんなんだよ!!」
襲い来る敵兵を切り刻みながら、朝一言も謝れず、口も聞けなかったことに苛立ちを募らせていく。
「・・・もう止めだ止め!!!」
もう悩んでいても仕方ない。俺は自分自身にそう無理やり終止符を打ち、闘いへと意識を向ける。
今回は、特別な役割があるのだ。失敗するわけには行かない。
『餓鬼、此れを読め』
そう渡されたのは、今さっき凌統から渡された呂蒙からの手紙。
『何が書いてあるんだ?』
『いいから、さっさと読め』
半ば無理やりに押し付けられた手紙を徐々に読んでいく。
最後まで読み終え、今回の戦での俺の仕事を知った。
『呂蒙のおっさん、本当優しいな・・・』
最後まで手紙を読み終え、ぽつりとそう言葉が出た。
『お前を心配しているんだろう』
『でも、俺だってこんなところで死にたくはねぇよ』
そうだ。俺はまだ死にたくは無い。
『ここで、生き抜いても殺されるかも知れないのにか?』
っち。嫌なことを聞いてくる。
『・・・凌統か・・・。だな、そうかもしれねーな・・・・あいつのことだから助けにきたと見せかけてさりげなーく、ばっさりといってくれるかもしれねー
な・・・』
敵城の中にいる俺を助けに来たように見せかけて、「父上の仇ッ!」とか言ってすっぱりとやってくれそうだ。
『かもしれないな』
夏候惇の声が、再び何事も無かったように普段の物に変わった。
なんだか、先ほどより心が軽くなっているのを感じられた。
此れに書いてあるのは一つの作戦。
敵を城に追い詰めた時を見計らい、一斉に火矢を打ち込む。
そして、俺はその敵を追い込む役として抜擢されていた。
呂蒙の手紙だと、助けは来るらしいが助かるのは五分にも満たないと・・・・
そして、その助けを夏候惇にも頼みたいと。
・・・いいさ。好きなだけ助けを集めてみろ。
俺はぜってーに死なない。
そう、心に決めた。
そうこうしながら、どんどんと連合軍はあがっていく。
「ぅおらぁあああああああああああああああ!!!!!!!!」
そう雄たけびを上げながら、俺は拠点兵を打ちのめし敵の頭を追い込んでいく。
そろそろだろうか、火矢が撃ち込められるのは。
今現在、城の真中少し前辺り・・・って所だろうか。
巧みに隠れているのだろう。
弓兵部隊の存在を確認できないでいる。
そして、敵を追い込んだその時、
「今です!!」
何処か遠くから陸孫の声が聞こえた気がして、一瞬にして火が回りを囲った。
「な・なんだッ!?」
敵の大将の驚愕した声が響く。
「何って、火だろ?」
「火だろって、貴様も巻き込まれたんだぞ!?」
不適に笑ってやると相手は動転したまんま聞き返してきた。
「んなの、わぁーってるよ。うっせーやつだな」
こうなることが分かってたから、俺は部下の誰一人さえ連れず唯一人で此処まできたんだ。
「何故笑っていられる!?」
何を聞いて来るんだか・・・。
「んなの、決まってるじゃねーか」
そう言うと一層深い笑みが心から浮んできた。
「俺はな、死なねーんだよ」
言い放つや否や、動揺し隙だらけの敵頭へと最後の一撃を見舞ってやった。
「っぐ・・・」
「大人しく、あの世にいくこった」
相手の血が噴出し、返り血となり顔に身体にと吹きかかる。
生臭い血の匂い。生暖かく身体を伝って行く血の感触。
俺はまだ、生きている。
敵頭が倒れこみ、そいつの首を両断する。
切り離された首を持ち、今ある状態を改めて見回した。
周りは見事なまでの火の海。
そして石や岩で作られている頑丈な壁。
天井はぽっかりと開いて、簡単に木で屋根がつけられている。
だが、高さがありすぎる。
きっと此処から火矢を打ち込んだのだろう。
出口は一つ。だが其処が一番に火の手が厳しい。
「陸孫のやつ・・・本当に手加減しねーのな・・・・」
小さな溜息をついて、誰か近くまで来ていないかと耳を済ませてみる。
だが、火の燃え盛る音以外には足音も、声も聞こえては来ない。
「っち。助けを向けるって書いてあっただろうが」
誰知らずと愚痴を零し、どうにか入り口近くまで行こうとするが・・・
「・・・・くそ、これじゃぁ進めやしねぇ・・・・」
火の勢いは時間を追うごとにますます強くなり、もはや出入り口の方へと近づくことさえ侭ならない状態だった。
装飾用に立てられていた木の柱が燃え盛る火に負け徐々に倒れ始めた。
「どうする・・・・・・・っ・・」
煙を吸いすぎたのか、徐々に頭が重くなってくる。
「・・・っくそが・・・死なねー・・・んだよ・・・こんなところじゃ・・・」
頭が重くなるのと同時に、視界が霞んで来る。
それでも、何とか此処から脱出しようと足を動かす。
「ッ!!」
足の力が抜け、倒れそうになったとき・・・ふいに、誰かに支えられるような感触があった。
誰だろう・・・、もう煙を吸いすぎてしまったため意識がはっきりとしない・・・。
「大丈夫かっ!?」
「・・・・誰・・・だ・・・・?」
「おい!!」
もう、言葉さえも紡げる状態ではなかった。
「・・・・・・・周・・・泰」
俺は、最後に頭の中によぎった相手の名前を呟いて、暗闇の中へと意識を落としたのだった。
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