「惑い」








戦が終わりを告げ、日が昇った。

敵の頭を勝ち取った連合軍は、その後の戦で見事に圧勝となった。


そして、俺は本陣への連絡を終えて自身の陣を片付けるため、自分の天幕へと戻った。

山の中に陣を張ったため、木々が生い茂る間に各陣が張られ、その間隔は区々だ。

その一番外側に自分の陣がある。

「何だ、来ていたのか」

自分の天幕へと戻ると、其処には夜明けまで一緒にいた、呉の稜統がひどく不機嫌そうな表情のまま天幕の前に居た。

不機嫌な理由は、やはりあれだろうか。

「来ていたのか、じゃないですよ。何なんですか、あの意味深な台詞は?」

「事実を言ったまでだが?」

やはり、俺が最後に言った言葉に不満があって、ここまで文句を言いに来たようだ。

正直、馬蹄の音に消され聞こえていないだろうと思っていたのだが。

「事実だ!?俺がアイツを思ってる分け無いだろう!?」

「“怨み”という点では間違っていないと思うが?」

突っかかってくる様子が面白くわざと煽るように言う。

自分でも性格が悪いと思うが、こればかりは仕方ない。

そして、俺の言葉は的を射ったようで、言い返せず、ぐうの音も出ないといった表情でこちらを睨んでいる稜統。

「っけ、勝手に言ってろ」

その開き直った様子に、餓鬼を重ね見た。

「餓鬼はどうだ?」

そう訪ねると、稜統は面白くなさそうに、

「まだ気ぃ失ってますが、医者曰く大丈夫だそうですぜ」

と、こちらを呆れ半分に見やった。

「そうか・・」

未だ気を失っていることは心配だが、医者が言うからにはきっとそうなのだろう。

「じゃ、俺はこれで」

「何だ、もう帰るのか?」

言うことだけ言って、さっさと後ろを見せ歩き出そうとする背中を呼び止め、

訝しげに首だけをこちらに向けて「何ですか?」と言いやる様子にしのび笑いながら、

「どうせ、集まるまでまだ間がある。どうだ、一杯やらないか?」

そう、誘った。




「あんた、いつもこんなことしてるんですか?」

天幕の中。

本来ならそろそろ片付けた方が良いのかもしれないが、稜統と二人酒を交わす。

「別にいつもというわけじゃない。今回はたまたまだ」

「たまたま・・・ね。いったい何回の偶々があるのやら」

「随分と疑り深いな?そんなに俺が信用できないか?」

酒を注ぎながら言うと、訝しんでいた表情の眉間を皿に深くし、

「あのですね、どこの国に敵国になるかもしれない野郎の言葉を信じるお人よしが居るんですか?」

そう、着き返された。

考えてみれば当たり前だ。

「そういえば、そうだな」

「そういえばって・・・あんた・・・」

俺の態度にあからさまな溜息を吐いて脱力している稜統。

「ま、今日は戦が終わったのだから、今日だけは気にせずにいればいい」

脱力したままこちらをみやり 、

「自己中心的っすよ・・・」

「何が悪い?ここは俺の天幕だ」

「それが理由ですか・・・?自己中心悪食(あくじき)ぐらい」

「理由で悪いか?自意識過剰の小童」

「誰が小童だ!!」

「直ぐ怒るのが小童の証だ」

「このぉ・・・自己中心悪食ぐらいの性悪男が!!」

そう怒鳴ると、酒をぐいっと仰ぎ、続けて2杯目を仰いだ稜統は、その勢いのまま、

「お酒、ありがとうございましたね!!」

なんとも言えない言葉を吐きながらさっさと天幕を出て行った。

陣地の周りに生えていた木を蹴り倒す程の衝撃音が聞こえる。

大方、稜統が蹴っているのだろう。

「クックック・・・・」

文句を言いつつも、しっかり酒を2杯飲んでいったその様子に、俺は喉を震わせ、しばしば酒を仰いでいた。






日が頭上に上った。

蒼く澄み渡った空を仰ぐとそこには、二羽の鳶が円を描きながら更なる高みへと上っていく。

大体片付いた陣地を見回し、ふと餓鬼を思い出し、続けて昨夜の稜統が発した言葉が浮かんだ。



『あんたは、それでいいんですか・・・?』



正直、そう言われて迷わなかったと言えば嘘になる。

だが、既に決めたのだ。

自分は孟徳の覇道を見届けるのだと。

そのために歩んできた道であり、変更する気は更々無い。


ただ、願わくば、


「甘興覇、お前は幸せになれ」


この血に濡れた、非道としか言いようの無い道。

紅く彩られた道を信じ、走り続けてきた。

行き着く先が地獄だと分かっていても、
もう止まることは許されない。


だから、


「せめて、お前だけでも」


初めてこれほどまでに焦がれた存在。

自分では幸せに出来ないとわかっている。

だから、せめて他の存在がその役割を果たしてくれるのなら・・・・。





蒼く澄み渡った空には、二羽の鳶が円を描きながら更なる高みへと上っていく。

その果てが無いと言わんばかりの様子に、俺は暫し、時間が過ぎることさえ忘れ見入っていた。












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