憩い
「お前は考えるな。己が道を進め」
「あんな、俺のことだから聞いてんだけど?」
俺の質問に対して、夏候惇はそう切り返してきた。
不思議に思っていることを聞いてはいけないのか。
少々餓鬼くさいことを考えながらも、俺は仕方なく馬を今の住まいへと向けさせたた。
アイツは何も言わずにこちらを見ていた。
たぶん、あれ以上聞いても何も言わないだろう。少ない会話の中で、そう俺は感じていた。
俺はいつも、夏候惇の行動に抵抗もしなければ心から受け入れてもいない。
自分でも珍しいとは思うのだが、何故なのだろう。
そのまま馬を走らせていた俺は、暫くして馬が足を止めていたことに気がついた。
どうやら、変に考え事をしている間に目的地へと着いていたようだ。
自分に宛がわれた屋敷に戻り、馬を馬舎に戻すと若草と水を与えてから水所へと
直行した。
薪を組み、火を起こす。獲ってきた魚の腹を開き内臓を取り出し、そのまま櫛に刺し火に当てる。
その間に用意してあった酒を杯に注ぐ。
暫くするとあたりには魚の焼けるいい匂いが漂い始めた。
まだ焼けるには時間が掛かりそうだ。
それに魚だけではきっと自分の腹は満足しないだろう。
そう考え、食料蔵を漁ってみる。
因みに、この屋敷には自分一人しかいない。城を出るとき面倒くさい、一人でのんびりしたいとの理由で下の連中は連れてこなかった。
「お、あったあった」
蔵を漁って取り出したのは干し肉の塊。
備蓄を定期的に確認しているため、ここは食料が豊富においてある事を知っていたため其処から少し拝借させてもらうことにした。
肉を片手に戻ると、魚も食べごろに焼けている。それを取ると火の傍に座り込み酒を飲みながら軽く食事を済ませた。
食事が終わり、床に寝そべると天井を見上げた。
休暇で来た為、特にやることはない。
俺は天井を見上げたまま軽く息をついた。
このまま昼寝をするか。その後は起きてから考えよう。
そのまま重たくなった瞼を閉じた。
「・・・が・・・・きろ・・」
どれくらい寝たのだろう。
ふと、誰かが起こす声が聞こえた。
「・・・っせぇー・・・な・・・」
まだ眠い感覚が強く、俺はその相手をだるい腕で振り払おうとする。
もう少し寝ていたい。
しかし、相手も簡単には諦めてはくれないようで、今度は体を軽くゆすられる。
「が・・・お・・・・ぃろ」
微かに意識に引っかかる声は、何処かで聞いたことがあるような気がするが、今はただただ眠かった。
ふと、声が聞こえなくなり俺の意識は再び深く沈み始めた。
が、
何処か息苦しい・・・。
しかも、口の中に何か変に温かい物が潜り込んできている・・・。
それを何とか押しやろうとするものの、半分寝ぼけている今の自分にはそんな力はなく、どんどん息苦しさは募っていく。
「・・っふぅ・・・」
そのうちに息をするのもままならなくなってきて、俺は強制的に意識を覚醒させられた。
そして、薄っすらと目を開けると、目の前には誰かの顔が間近にあった。
「っ!?」
慌てて顔を横に逸らすと、簡単に相手は離れた。上がった息を整えながら慌てて相手を見ると、其処にはよく知る奴がいて・・・
「夏候惇!?」
「ようやく起きたか」
目の前にいる相手は朝方あった夏候惇。
ちょっと待て。何でコイツがここにいる。
その前に、こっちは呉の領地じゃ無かったか。
ってか、コイツが俺を起こしてたのか。
なら、さっきの接吻もコイツか・・・。
軽く頭の中がパニックになっている俺は、まじまじと相手を見ていた。
「どうした?まだ寝ぼけているのか?」
なら、もう一度起こしてやろうか?と、顔を近づけてくる相手を思いっきり押し、俺はすかさず後ろに下がった。
「何であんたがここにいるんだよ!?ってか勝手にするな!!」
「着たからに決まってるだろう。それにお前が起きないのが悪い」
俺が悪いのか・・・・?
確かに着たからいるんだろうけど・・・
俺は未だ濡れていた口元を乱暴にぬぐうと、一瞬考えた事を慌て
て正した。
「だから、何で呉の領地に着たんだって言ってんだ!!」
「別に構わんだろう」
「構うだろうが!!」
「お前が言わなきゃいいことだ」
「・・・・・・」
確かにこの地域は、何時もであれば見張り役がいるのだが、今回俺が来るということで他の奴はいない。
俺が言わなければ誰も知らないだろう・・・。
「相変わらず・・・・」
自分自身でも結構怠けている自覚はあるし、規律だの何だの無視している自覚もある。
しかし、少しは良心というもんが痛んでいたりもする。
だが、目の前の奴はそんなことは知らないと言わんばかりに行動する。
以前、そんなんでいいのかと聞いたら、
『武将が細かいことを気にしてどうする』
等と、武将らしからぬありがたいお答えを頂いたことがあった。
「あんた・・・勝手すぎ・・・」
呆れはて、俺はその場で脱力してしまった。
「で、結局なんでこっちに着たんだよ?」
先ほどの続き。
俺の間の前には意地の悪い笑みを薄っすらと浮かべた夏候惇がいる。
「食後の運動をしようかと思ってな」
「運動だぁ?」
「そうだ」
そういうと、いきなり腰につけていた刃を引き抜いた。
「っ!!」
寸でのところで交わしたのだが、軽く前髪を切られた。
切られた髪が足元に落ちるのを視界で確認すると、俺は夏候惇を見やった。
「・・・成るほどな・・・」
先ほどの眠さは既に消え去り、小さな火種がくすぶり始める。
「お前の体調を考えると長々とは出来ないだろうが、軽い運動程度になら構わんだろう?」
「・・・ああ、いいぜ。やろーじゃねか」
俺は夏候惇に頷くと、直ぐ横に置いてあった愛刀を手に持ち、表へと出た。
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