憩い




結局、次に目が覚めたときには外は白みがかり、鳥が鳴いていた。

「あ〜あ・・・・結構寝たなぁ〜・・・」

寝台から上半身を起こし、そのまま伸びをすると俺は馬屋へと行くことにした。



(確か、殿がいうにはここから寅の方角に行くと川と池があって魚がつれるって 言っていた よな?)

出かける前に言われていたことを思い出し、俺はつり道具を片手に馬に跨るとそ のまま駆け 出した。



「確か・・・このあたり・・・」

周りは林で、馬に乗ったままでは進み図楽なってきた俺は、いったん馬から降り て手綱を 引っ張りながら川を探していた。

「水音はするんだよな〜・・・」

先ほどから聞こえてくる水の流れる音を頼りに歩くこと十五分程、ようやく俺は 目的地に着くことが出来た。
そのまま釣りをするに良い場所を探し五分程。
馬の手綱を近くの木にくくりつけ、居心地良い場所を確保した後、もって来てい た釣竿で糸を垂らした。
そのまま暫く経つと、

「おっ!」

垂らしていた竿に強い引きを感じ、慌てず引き上げる。

「へ〜・・・・結構でけーじゃん」

釣れた魚は自分の腕と同じぐらいの長さ。
その大きさに満足した俺は、予め川の隅に設えていた石囲いの中に離した。
そして、2匹目をつるべく再び竿を垂らしていると、

「・・・・餓鬼か?」

「へ・・・・?」

川を挟んだ向かい側に聞こえた声に、俺は顔を向け、暫し固まった。
川の向こう側にいたのは、魏の夏候惇。まぁ、餓鬼と呼ぶのは他に知らないが。

「な、何であんたがここに・・・・?」
「それはこちらの質問だ・・・」

お互いいぶかしんで相手を見ていたのだが・・・

「引いてるぞ」
「えっ!?」

夏候惇に言われるまで気がつかなかった竿は、ぐいっと力強く引き、俺は慌てて 引き上げるが・・・・

「あ〜・・・・」

現れたのは、糸と餌の無くなった針。見事餌を持っていかれてしまったらしい。

「残念だったな」
「まぁな、けど一応は一匹釣ってるし、今日の飯には十分だろう」

俺は立ち上がると、釣竿を片付け、馬にくくった。そして、石囲いに入れておい た魚の息の根を止めると、革の袋に冷水ごと突っ込んだ。

「で、どうしてあんたがここにいるんだ?」

その動きをずっと見ていた相手に、俺は魚の入った袋を馬に括りつけながら聞い た。

「それは俺が聞きたい。何故、お前が魏の領地にいる?」
「はぁ?おい、あんたぼけたのかよ?ここは呉の領地だぞ?」

俺の言い返しに夏候惇は暫し考えた様子を見せ、懐から紙を取り出した。
どうやら地図のようだがこっちからだと見えない。

「どうなんだよ?」

俺とお前の言い分、どちらが正しいのかと相手に問う。
すると、夏候惇の地図を見ている顔がどんどんと曇っていく。

「おい、どうなんだって聞いてんだろうが」
「・・・・どちらも正解・・・だ」
「は?」

相手の言葉に俺は意味が分からず、思わず川を渡ろうかと足運びに適した石は無 いものかと川を見渡した。
そんな俺の様子に気がついたのか、相手はこちらに手を差し伸べてきた。
差し伸べられた手に躊躇無くつかまると、強く引かれ、俺は立っていた地面を強 く蹴った。
引かれる力と地面を蹴る力で、俺は水に濡れることなく夏候惇の横に着いた。

「ここが、今いる場所だ」
「どれどれ?」

そうして、見せられた地図には川が一本かかれてある。

「そして、ここが魏、ここまでが呉だ」

そういって、指で辿る部分。
しかし、

「おい、それじゃここの場所がはいらねーじゃねーか」

夏候惇が指で辿った部分はこの川の少し手前まで。つまり、今いる場所はどちら の領地でもないことになる。

「そうらしいな・・・」

溜息をつきながら告げる様子に、俺は相手が冗談を言っているのじゃないと理解 した。

「・・・じゃぁ、ここは誰の土地でもないって事か・・・」

この川を教えてくれたのは殿だが、果たしてこの事を知っていたのだろうか?
俺がそう考えていると、相手も同じようなことを考えていたのか、地図の位置を 正確に知ろうと、太陽の位置などを確認していた。




「そういえば、調子はどうだ?」

暫くあたりを見回し、地図と見比べてようやく納得したのか夏候惇は、地図を懐 にしまった。
そして、俺を見るとそう切り出してきた。
相手の言うことはきっと前回での戦の件だろう。
俺は気を失っていた知らなかったが、どうやら救出してくれた中に、夏候惇がい たらしい。
いや、いた。呂蒙のおっさんにもし、今度会うようなことがあればきちんと礼を 言っておくよう口をすっぱくして言われたのだ。

「ああ、本調子じゃねーけど、だいぶ良くはなった。んで、あんがとな」
「?」
「あんた、俺を助けてくれたんだってな。おっさんから聞いてる。で、次に会っ たときにはちゃんと礼を言っておけって口すっぱくして言われてんだ」
「ああ、呂蒙殿か」

 納得したように頷く夏候惇。

「俺気がついたのは昼が当に過ぎててさ、馬車の中だった」

城に帰る途中で気がついたのだ。

「そうか。まぁ何にせよお前のおかげであの戦は上手く事が進んだんだ。よく やったな」
「あんがとさん」

俺は、しばし後ろに下がるとそのまま助走をつけて川を跨ぎ渡った。

「魚もさっさとさばかなきゃ何ねーし、今日はこの辺で帰る」
「そうか」

俺の行動になんら驚きもせず、淡々という夏候惇。

「なぁ、あんた・・・」
「何だ?」

馬の括っていた手綱を解き跨ると、俺はずっと前から気になっていたことを聞く ことにした。

「何で、俺にそこまでしてくれるんだ?」

相手が好意を持ってくれているというのは、一応知っている。
俺は、今現在それを心の一部でより所にしている状態だ。
はっきり言ってしまえば相手を怒らせるような状態である。それは自分でも認識 はしている。
しかし、夏候惇は怒ることなく、かといって俺から離れるわけでもなく、ぎりぎ りの線で俺の横にいる。
今回の件でそのことに対しさらに疑問は深くなった。

「俺はあんたが怒るようなことをしてるんだぞ?」
「そうだな」
「じゃあ、何で怒らないんだ?」

その質問に、夏候惇はただ、小さく笑うだけだった。




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