「煩い」









夜が明け切ったら、ここは何万もの罵声がとどろく戦場になるだろう。
興奮の為か寝付けない体を起こし、明日、自分が配置される場所を見に来ていた。
雪がちらつき、草の生えない岩場の道を白く染め上げていく。
ところどころ岩の色が見え、余計に寂しく感じさせた。

こう、1人で佇んでいると、昔の自分を思い出す。
昔は水上で自分の名前を語っていたが、今は地上。
しかも“呉”と言われる大きな国の武将の1人だ。ある意味、すごい出世だろう。
そう思うと、少し笑える。
まさか族をやっていた自分が武将とまで言われるとは、あの頃の自分では思いもよらなかった。
昔の自分に不満はない。海の上は好きだし、船の上はやはり一番落ちつく。
今でも水上での戦は自分が出る。だが、今の自分は、もしかしたら昔の自分より気に入ってるかもしれない。
特にこれといって変わったことはない。戦をして、勝てばいいだけのこと。昔と変わらない。
だが、昔より何かが自分を変えたのだろう。
それは分からないが。


冷えてきた。雪がちらつく夜、ずっと居れば自然と冷えるものだ。
でも、まだ眠れそうにない。明日のことを考えると気温に反し体が熱くなってくる。
皮膚に落ちた雪も溶けていく。


少し視察がてら久しぶりに散歩でもしてみようか。
今、自分が居るのは呉軍の陣の中。しかもその端だ。
もう少し行けばすぐに魏軍の陣。

木々をよけながら歩いていくと、すぐに陣が見えてきた。
本当に隣と言っていいほどの距離。
うまく木々とあわせて目立たないように天幕を作っている。

「おい!そこの男!!」

急に柄悪く呼ばれ、振り向いてみると、魏軍の兵士が立っていた。きっと警備兵だろう。

「何者だ!!名を名乗れ!!」
「名前?」
「そうだ!!何者だ!?」

きっと名乗ったら名乗ったで、向こうは驚くのだろう。
わざと無視するか、それとも驚かせてやるか。

「聞いてどうするんだ?」

なんとなく、そう聞き返してみた。

「貴様っ!!」

顔を赤くし、自分の獲物を構えてきた。

「今すぐここを遠退け!!でなければ、切る!!」

切る、か。もう、何度も聞いた言葉だ。
だが、この言葉を聴くたびに体は熱くなる。
心も、躍るように弾む。

「できるもんなら、やってみな?」

相手を馬鹿にしたように笑みを浮かべ、誘うように手招くふりをしわざと煽る。

「この・・・・馬鹿にするな!!!」

切りかかってくるのに対し構えを取ろうとしたやさき、

「そこまでだ!!この勝負、この夏候惇が預かる!!」






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