「頤」







今日は客が来る。
そう殿から言われていた。だが、客といっても誰がくるのかとは言われなかった。

「なぁ、呂蒙。今日来る客って誰なんだ?」

稽古の休憩中、隣りにいた呂蒙に聞いてみた。

「ん・・・?あぁ、今日来る客は魏の者だと聞いていたな」
「・・・・・は?」
「は?ではない。魏だといったのだ」
「い・いや・・・ってか、なんで魏のヤツがくるんだよ?」
「まぁ、簡単に言ってしまえば“親睦を深めるため”というところだろうな。ま、名ばかりのものだろうがな」
「はぁ・・・・お偉いさん方もよくやるな・・・・」

・・・魏・・・か。
あの合肥での戦いから数週間。深手を負った体も大分よくなり今ではもう愛刀を振り回せるほどに回復した。

「そういえば、お前もなにやら魏の将と仲良くなったと聞いたな」
「はぁあ!?」
「なんと申したか・・・か・・・ああ、夏候惇と申されたな」

か・・・・・あいつかよ!!

「別に仲良くなったわけじゃねーよ!!この間の戦の前夜に一緒にちょっと酒を食らっただけだ!!」


「そうなのか?わしはてっきり仲が良かったのかと思ったのだが」

合肥での戦の後、動けない俺に無理やり・・・その・・・なんだ・・・ぇーっと/////////;
せ・・・・接吻・・・・しやがったんだ・・・・////////;;;;;
と、とにかく何でそんなんで仲が良くならなきゃいけねーんだよ!!!

「それはさておき、今回来なすお方はきっとあちらでも身分の高いものだろう。そうなると必然的にわしらには関係が無いことになる。ま、そんなに気にすることは無い」
「・・・だから気にしてね―って!!」
「そういうことにしておいてやる」

だからきにしてねーって言ってんのに・・・何顔だけで笑ってやがんだよ・・・このおっさんはよお・・・。





そんなこんなで稽古も終え、俺は水を浴びをしようと城の裏にある河へと向かった。
・・・・・水の流れる音とは違う音が聞こえてくる。
どうやら、先客がいたようだ。

「・・・・・・・周泰・・・・」

そこには一糸纏わぬ姿で水浴びをしていた周泰がいた。

「・・・・・・・・・・甘寧か・・・」

・・・・・・・・・。
・・・・自然と水浴びすることを躊躇ってしまう。
俺はひとまず近くに立っていた木の枝に自分が持ってきていた布を引っ掛け、靴を脱ぎ足だけ河に突っ込んだ。

「・・・・・」

周泰は一瞬こちらを見ただけで再び水浴びを始めた。
・・・ここで再び靴を履き、引き帰したらやはり怪しまれるだろうか・・・・

「・・・入らないのか?」
「え・・・・あ・・・・いや、入るっちゃー入んだけどよ・・・・その・・・」
「?」

お前が居るから気になるんだろうが・・・・

「どうした?」
「・・・・・べーつに・・・」
「・・・・・・・そうか」
「・・・そういえばよー」
「?」
「今日来る客って言うのは誰なんだ?あんたなら殿の傍に居たりするからしってんじゃねーか?」

ただの素朴な質問。

「・・・・知ってどうする?」

「いや・・・そう言われると返答しようもねーんだけどよ・・・・やっぱ、気になんじゃ ん。誰がくるんだろうってよ」
「・・・・さぁな、知らぬ」
「そっか・・・・」

再び水の流れる音、水浴びをする音だけがあたりに響いた。

・・・・・・近いんだよな・・・距離は・・・・・。
でも、何故だか遠い・・・・。
遠く、感じちまうんだよな・・・・・。


理由はわからない。周泰のこの素っ気無い態度のためか、もしくは俺が心のどこかでそう感じようとしてしまっているのか・・・・・
俺は急に胸の中で何かが締め付けられる感覚を感じた。
何故そう感じたのか考える暇も無く濡れた足のまま靴を履き、来た道を走るようにして戻っていった。



どれくらい走っただろう?
とにかく河から離れようと、周泰から離れようと頭の中に繰り返し響いていた。
だから、ふと立ち止まると今居る位置がどこなのかすぐにはわからなかった。

「あ・・・・あちゃー・・・布を忘れてきちまった・・・・」

俺は、河の傍に立っていた木に布を引っ掛けていたことを思い出した。
今からまた戻るなんてできねーし・・・しかたねー・・・頃合をみて取りに戻ろう。

「で、ここはいったいどこなんだ・・・?」

辺りを見回すと見慣れない建物の中にいるのだと気付いた

「やべー・・・・迷っちまったかな・・・・?」

俺が途方にくれた時、

「ここは、呉の孫権殿が俺に当ててくれた屋敷だが?」

と、急に後ろから声が聞こえた。

「ぇ?」

慌てて振り返ると其処には・・・

「か・・・夏候惇!!!」
「久しぶりだな、餓鬼」

なんと其処に立っていたのはあの夏候惇だった。
しかも、なんかにやついてやがるし・・・・。

「な、なんであんたがここ(呉城)にいんだよ!!?」
「愚問だな。俺は客として招かれているんだ。見て分かれ餓鬼」

きゃ・・・客だ!!?

「あ、あんたが今日来る予定だった客だってーのか!!?」

客ってもっと上位の将軍がくるんじゃなかったのか!?
そりゃーこいつも地位は高いんだろうけどもっと上のやつが来るもんかとばっかり思ってた・・・・・。

「はぁ・・・・・」

俺は走ってきた疲れが急にどっと押し寄せてきた。

「どうした?そんなに何か急いでたのか?」
「へ?」
「あんなに慌てて走ってきたんだ。よっぽどの何かがあったんだろう?」

・・・・・・・・・

「あんた・・・いつから俺のこと見てたんだ・・・・?」
「入ってきたときだ」

つまり、こいつは俺がここに着たときからわざと声をかけずに見てたということかよ・・・・趣味わりぃーぜ・・・ったくよ。

「べーつに・・・そんなんじゃねーよ・・・・」

俺は心の中を身見透かされないようわざと素っ気無い態度を取った。

「そうか」

それ以上聞く気がないのか、夏候惇も深く追求はしなかった。

「そうだ、先ほど呉の使者よりよい酒を貰った。どうだ?一杯やらないか?」

酒。
酒、酒。
うん。酒。

「やる!!」

俺の頭の中では周泰のことはすみっこに押しやって酒の一文字が鳴り響いた。

「あ・・・でも、俺まだ稽古が残ってたんだ・・・・・」

俺は水浴びをして、一汗流したら再び稽古場に戻ることにしていたのだ。

「そうか、なら酒は止めておいた方がいいな」

と、どこか残念そうに聞こえたのは思い違いだろうか?

「なぁ、あんた。あんときの肩の傷はもう大丈夫なのか?」

あの時、浴びるほどの矢の中から俺を助けてくれたとき、こいつの右肩には深く本の矢が刺さっていたことを思い出した。

「ああ・・・なんとかな。思っていたほど深くは無かったが・・・」

そういうと、自分の腰に刺さっていた刀を抜き、軽く振ってみせた。

「どうやら、まだ完全には治っていないらしい」

振られた刀は真っ直ぐ空を切らず、少し制御が効かないように刃先が波を描くように揺れていた。

「・・・わるかったな・・・、あんとき・・・」

それを見たら急に助けてもらった時の礼を言っていないことを思い出した。

「なに、俺がしたくてしたことだ。気にするな。それに・・・・」
「?」
「餓鬼がそう素直だと天変地異が起きるぞ?」
「っな!!!」

こっちが素直に謝ってやってるのになんなんだよ!!その態度は!!!

「そりゃー悪かったな!!もう失礼するぜ!!」

俺は、向こうに見える入り口へと向かって歩き出した。
此処を出れば今自分が居る場所も分かるだろう。

「おい、餓鬼!」

もうすぐで外に出ようというときに、再び呼び止められた。

「なんだよっ!?」
「これから稽古、と言っていたな?」
「だから、それがなんなんだよ!!?」
ったく、わかんねーやつだな!!

「俺も、それに出向いていいか?」

・・・・・・は?

「いやな、ここで客らしくじっとしているのはどうも俺の性分に合わないのでな・・・・」


・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・


「・・・く・・・あははははははははは!!!!」
「・・・・何もそんなに笑うことは無いだろうが」

之が笑わずに居られるか!!俺の頭の中からは“魏から来たお偉い将軍様”という考えが綺麗さっぱりと無くなった。

「あんな・・・くくく・・・・あんた、ここに何しにきたかわかってんのかよ?」
「ああ、親睦を深める・・・ため、だな。まぁ上辺だけだがな」

来た本人がそう言っていいのかよ・・・・・;

「なら、客は客らしく大人しくしてるのが筋ってもんじゃねーの?」

あぁ〜、笑った笑った。なんかこいつのいう事が今は無性に楽しく思えた。

「だから、言ったろうが。俺はそういう大人しくしているのは性に合わないんだ」

困ったように顔をしかめるこいつが、なんだか楽しい。
俺は笑って苦しくなった息を整えた。

「わかった、一緒に来いよ。案内してやるから」
「迷子がか?」
「ま・迷子じゃねーよ!!ただ単にあまり見慣れない所に出ちまったから少し悩んだだけだ!!!」

俺は少し慌てて言い返していた。

「そう、向きになるな迷子の餓鬼」
「だから、迷子じゃねーって!!」

俺たちはそう言い合いながら稽古場へと足を向け歩き出した。


ふと、思いついた。
先ほどまで頭の中を占めていた周泰のこと。
隅っこに置いてあったはずなのに、その隅っこからもいつのまにか消えていた。






稽古場に着いて、俺は其処にいた呂蒙に客があいつで、そんでもって一緒に剣を交えたいと言っていた事を伝えた。

「儂は構わんぞ?」
「そうか。なら呼んでくる!!」

呂蒙に了承を得て、俺は俺の部屋で待たしていたあいつの元へと走った。







「甘寧・・・・・・」

城内を走ってもうすぐ自分の部屋へつくというときにふと、自分の名前を呼ばれそちらへと視線をやった。

「・・・・・周泰」

俺の部屋の前にあった柱には周泰が寄りかかっていた。

「な・・・どうしたんだよ?」

いきなりの出現に俺の心の中は変に慌しくなった。

「・・・・・」

無言で差し出されたのは、俺が木にかけて忘れてきてしまった布だった。

「あ・・ああ・・・、渡しに来てくれたんだな・・・・あんがとな・・・・」

俺が布を取ると、周泰は徐に口を開いた。

「あまり、客とは仲良くするな・・・・・・・・・」
「え・・・・・・・?」
「魏の者とはあまり触合うな・・・・・」
「・・・・・」

それだけ言うと、周泰は歩き出しその場を去った。





・・・・・分かっている・・・・・そんなことは。




俺は、布を手に部屋へと入った。

「どうした?何落ち込んでいる?」

俺の部屋で寝床に腰掛け、窓から城下町を見ていたあいつがこちらへ顔を向けそう切り出してきた。

「別に、気落ちなんかしてねーぜ?」

俺は、部屋の隅に合った机へと布を放り投げた。

『魏の者とはあまり触合うな』

・・・・・・・・そりゃそうだ。なんせこれから敵になるかもしれねーんだからな・・・・






「どうしたんだ・・・?」

夏候惇が俺のほうへと歩み寄る。






「何があった・・・?」

俺は無言で首を振った。






・・・・あいつに・・・・・周泰に、真正面からそう言われると・・・・





「興覇・・・・・」

そっと、肩に暖かな温度を感じた。そして優しく抱しめられた。






無性に・・・・悲しくなっちまう・・・・・















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