「惑い」








その日、盗賊討伐の戦を前日に控え、俺は軍議へと赴きその帰りの足取りで明日自分が配置される場所を視察に行った。

そのつもりだったんだが・・・・・

「・・・・!?」

生い茂った草木を掻き分け、敵の城を見渡せる崖へと上ったとき、あいつはいた。

俺の立ち位置じゃあいつが邪魔になって相手の顔が見れなかったが長身のやつらしい相手と、一緒にいた。

相手の手があいつの腰を掻き抱き、強引に口付けをしているように見(まみ)える。

「・・・ん!!」

あいつがこちらに気づき愕然とした表情を晒し、さらに相手への抵抗を尚一層強めたところで俺は我に返り目の前の現実に憎しみと軽蔑の心情で一瞥をくれてそ の場を後にした。


俺の父上は敵に切られ戦場に眠った。

こう言ってしまえば聞こえはいいが、実際には殺害されたと言っていい。

昔から硬い人でほめられたような覚えは無かったが、とても尊敬していた。

そんな人を自分から奪った仇が同じ国にいる。



はっきりと言ってしまえば巫山戯(ふざけ)るな。と言いたいが、そうも出来ず気が重い日々を過ごすばかり。



上が決めたことには口を出せるような立場ではないことは重々承知でいる。

それにあいつを殺したからといって死んだ父上が生き返るはずも無い。

もし、生き返るのだとしたら俺はどんな手を使ったとしてもあいつを殺めようとするだろう。だが、それは現実に対しては無駄な足掻きにしか過ぎない。

それは川の流れによく似て浅くもなく深くも無く、穏やかでもなければ荒々しくも無い。それだけ、そうただ“それだけ”のことなのだ。




暫く歩いていると、自然に自分の陣へと戻ってきていた。

「・・・・っち・・・嫌なもん見ちまった・・・」

別にあいつが誰と恋仲になろうとこっちには関係ない。だが、父上を殺したあいつが幸せになるのも許せるはずが無い。

俺は一人苛立ちげに自分の天幕へと戻っていった。

今日はもう明日に備え寝てしまおう。

明日には討伐戦が控えているんだ。


と、そのとき、

「凌統」

「・・・呂蒙殿?」

俺の天幕の横にはよく見知った顔が立っていた。

「どうしたんです?こんな時間に」

もう、夜も更けはじめている。

「いやな、ちょっとお前に頼みたいことがあるのだが、よいか?」

「・・・ええ、まぁ・・中身にもよりますが」

こんな時間だからか、相手は少し申し訳なさそうな顔で言い出した。

「すまないのだが、この文を隣りの陣にいる夏候惇という武将に届けてきて欲しいのだ。俺はまだ、諸用があってな・・・」

「なぁんだ、そんなことですか。いいですよ、承ります」

「すまないな。じゃぁ、よろしく頼む」

そういうと、そのまま大きな天幕へと引換していった。



「夏候惇・・・・か・・・」

手に受け取った文をみてつぶやく。

話には聞いたことがある。

魏の武将で、現魏王の親族に当たる者だと。

「・・・そんな上の方に何用なんだろうかねぇ?」

俺は、さっきの事を頭の隅に追いやるように独り言をつぶやき夏候惇の天幕へと向かった。


今は、せめて之を届けてくるまでの間は、先ほどのことを隠してしまおう。

それだけのことなのだから...











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