「惑い」








その日、呉と魏の両国は大規模な盗賊を制圧するがため、幾人かの武将を始めとする兵三千での戦を翌日に控えていた。

明日には雨が降るとの予想。だから、戦の策もそれなりの方法をっていうんで、軍議が開か れ、俺は山に囲まれたその敵陣を正面から攻めていく位地に置かれた。

その決定を聞いて俺はすぐにその会議の天幕を出て、夜の曇り空の中を自分の天幕へと向け て歩き出す。

まだ軍儀は続くのだろうが配置場所が決まったのなら殆ど意味をなさないだろうと、自分の 中で勝手に決めてしまってのことだ。

後方からは呂蒙のおっさんが怒鳴り散らす声が聞こえたが気にすることはない。俺はただ目 の前の敵を切り捨てていけばいいだけのこと。





俺は周泰との関係を持った。


だからといって、何か特別なことがあるわけでもなくただこうして戦乱の時を過ごすばか り。


期待しているわけでもない。


関係を持ったといっても本当にたったそれだけのことなのだから。



「はぁ・・・・」
自然と出る息に少し白みがかかっていたことに気付き今更ながら少し肌寒さを感じる。

「風邪を引くぞ?」

いきなり声をかけられ、慌ててそちらを振り向くと、

「夏候惇・・・・」

そこには、いつもの鎧に厚手の布を羽織ったあいつがいた。

「どうしたんだ、もう軍儀は終ったのか?」

これから軍儀へと赴く途中だったらしい。

「いや、俺の配置場所は決まったからな。早々に出てきたんだ」

そう言うと、俺の肩には夏候惇の羽織っていた布が掛けられた。

「あ、おいっ?」

慌てる俺に、歩き出しながら、

「俺はこれから軍儀に赴くからな。あそこなら別段そんな布はいらないだろう。お前に貸し ておく」

歩む速さを遅くすることなくさっさと先ほどの天幕へと去って行った。

残された、俺と掛けられた厚手の布。

ふと、視界に白い物が動き顔を向ける。

「・・・雪か」

ふと気がつけば周囲にはちらほらと白い雪が降り始めていた。

先ほどから寒いとは感じていたけれど、まさか雪が降ってくるとは思わなかった。

「明日の雨は雪混じりなんじゃねーか・・・?」

明日の戦場はどちらにしろ足場がとても悪そうだ。





俺は自分の天幕へと向けていた足先を明日の戦場となる賊の城へと向けた。

特に理由はない。

明日の配置場所を確認がてら、気ままな散歩だ。

そう、思っていたのだが・・・

「・・・周・・泰」

俺は配置される場所が見渡せる崖の上へとやって来ていた。

だが、そこには既に先客の周泰がいた。

「・・・・・・甘寧か」

味も素っ気もない言い方でこちらを一瞥しそれだけ言った。

一瞥した視線は明日、戦場と化すだろうその場へと向けられていた。

「・・・・」



周泰と関係は持った。

それは、換わることのない事実。

だからといって、何か特別なことがあるわけでもなくただ こうして戦乱の時を過ごすばかり。

別に、期待しているわけでもない。

関係を持ったといっても本当にたったそれだけのことなのだから。

「軍儀はどうしたんだよ?」

先ほど開かれていた軍儀には半ば強制的に参加だったはずだ。

「・・・もう済んだ」

静に、ただ静かに発せられるその言葉は舞う雪の中に消えてしまうのではと思えた。

「・・・そっか・・・」

どう返答すればいいか少し悩み、結局短く返す。

「あ、お前は何処に置かれたんだ?」

確か変更前は、城壁の右翼だったはずだ。

「・・・正面・・・」

正面って・・・

「俺の横か・・・もしかして?」

「ああ」

何か、落 ち着かない気がしてきた。

でも、・・・・確かそこには呂蒙のおっさんが居たんだよな・・・?

「おっさんは?」

「呂蒙殿・・・なら、左翼・・・」

城正面にとって左側か・・・・・

俺はおっさんの位置を見ようと周泰が立っている位置まで歩み寄る。

「左翼の陣はたしか陸孫のやつもいたな・・・俺とお前が正面にくるってーと右翼は?」

「・・・太史慈殿と・・・孫策様、それに凌統殿だ」

・・・・結構配置場所は変更されているんだとしみじみ思った。

って言うか、凌統のやつこの戦に参戦していたっけ?

「凌統殿は途中から・・参戦した」

俺は自分でも気がつかない間に考えていたらしい。

周泰が俺の顔を見てそう言ってきた。

「なるほどな・・・」

一人納得していた俺はふと周泰の様子が少しおかしい事に気が ついた。

なんて言うか、少しいきり立っているような気がしてならな い。

戦の前だ。そんな風になっても可笑しくはないんだが、何故だ か周泰が纏っている気はそうゆうのとはまた違うような気がした。

「なぁ、周泰・・・」

「・・・・・」

「お前、何か怒ってるのか?」

小さな疑問を口にしただけだったのだが・・・

「ん・・!?」

いきなり腰に腕を回され強引に口付けられる。

「っふ・・んぅう!!」

縦横無尽に口内を嬲る舌に、せめてもの抵抗として、相手の背 中を強く叩いたが其れも虚しく、俺は徐々に周泰の接吻に翻弄され意識が薄れてきてい
た。

と、その時・・・

「!?」

ガサッと茂みを分ける音がし綾統が顔を出した。








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