憩い
ようやくたどり着いた木の上。
そこに広がる一面の青空。
「・・・これはまた・・・」
「な、すっげーだろ?」
横にいる夏侯惇の息の詰まる声が聞こえ、俺は自慢げに胸を張った。
「向こうに見えるのは、2日掛かる町か・・・」
「ああ、それに向こうには大滝がある」
兎に角、馬で走っても2日以上掛かる場所が見える景色は創造を絶するものだった。
俺達二人は暫くあたりの景色をあーだこーだと言いながら見回していた。
適当な太さの枝にそれぞれ腰をかけ、空と地平線を眺める。
「なぁ・・・」
「?」
青空の下、ふと何か聞きたくなった俺は、夏侯惇に声をかけるものの、いったい何を聞けば良いのか分からなく、結局、
「何聞こう・・・・?」
「・・・ふざけているのか?」
「そうゆうわけじゃぁ・・・ねーんだけど」
「そうだな・・・なら」
俺の言いたい事を汲み取ってくれたのか、夏侯惇は徐に口を開いた。
「お前は、幸せか?」
「へ?」
「お前は幸せか、そう効いてるんだ。ぼけるには早いぞ餓鬼」
唐突に聞かれた質問に、俺はぱちくりと瞬きをした。
幸せか否か。
ようよう思い返してみれば、改めて考えたことは無かった。
幼い頃は陰間茶屋を出ることだけを考え、今は敵とされた相手を倒すことのみ。
幸せ。
果たして、そう言えるのだろうか。
「なんだよ・・・藪から棒に」
「最初に聞いてきたのはお前だぞ?」
答えに困り、少々むくれて夏侯惇に返すと、切り替えされ俺はうっとなった。
「そーゆーあんたはどうなんだよ?」
こちらに聞くのだから、相手も答える義務はある。
「そうだな・・・」
一回、こちらを見やった夏侯惇は、再び視線を空に向けた。
その顔は、どこか楽しそうだ。
「今限定であれば、幸せと言ったとこか」
「限定?何だそれは」
「言葉の通りだ。今この瞬間が幸せだと言ったんだ」
そうして、小さく声を出して笑った。
「・・・?」
俺はその意味を理解できず、首を傾げるばかりだった。
「・・・餓鬼、お前は・・・」
そんな俺を呆れ果てた様に見やる夏侯惇。
何だと言うのだろう?
すると突然、未だに意味がわからない俺が座っている枝にいきなり移動してくる。
「ちょ、おい!!折れる!!落ちる!!」
「これぐらいで落ちるか」
そのまま圧し掛かられ、俺は落ちないようにとバランスを保つだけで精一杯だった。
なのに、夏侯惇は気にした風も無く、上手い具合に俺の上に乗っかってくる。
「ここまでして、まだ分からないと言うか?」
何時もの意地の悪い笑み。
ここまで遣られれば、誰だってわかる。
俺は呆れ半分に相手を見やるが何処吹く風。
そこで、一言だけ言って遣りたくなった。
「なぁ、一ついいか?」
「何だ?」
「あんた、悪食」
俺が言い放った瞬間、再び夏侯惇はぽかんとした、どこか間の抜けた顔を取った。
そして、そのうち肩を震わせ、俺の上に重なってきた。
「お、おい・・?」
「クックックック・・・・」
どうやら何か笑いをこらえてるらしく、今度はこちらが首を傾げる。
何か変なことを言っただろうか。
「クックック・・・」
未だに笑う。
「おいっ・・・てば」
「スマン・・・クククッ・・・悪食か・・・」
まだ笑いを抑えきれない夏侯惇は俺の顔のまん前に、顔を持ってきた。
いまさらだが、片方だけの目は両目で見られるよりも力強く感じる。
「悪食で何が悪い?」
意地の悪い笑みを浮かべたまま真っ直ぐと此方を見てくる隻眼。
「悪いも何も・・・あっさり認めるか?普通」
「男らしいだろうが」
「・・・・はぁ・・・」
何かが俺の中で脱力から寝込みに変わってしまった。
つまりは、思考回路の停止。
「・・・あんたと話すと時々疲れる」
と、愚痴を言うと夏侯惇は尚も面白そうに唇を歪め、
「そうか?俺は楽しいがな」
と、言い放ちそのままゆっくりと顔を近づけてくる。
そのまま、暖かいものが触れてくるが抵抗する気も無く。
「何時もみたいに、文句は無いのか?」
「なんか、疲れた」
「なら、今の内に補充をしておくとするか」
ゆるりゆるりと流れる時間。
なんだか、久々にゆっくりと過ごせそうだ。
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