ふと視線をずらすと餓鬼が兵士をつれず敵陣へと真っ向から突っ込んでいくのが目に入った。
自分の場所ももうかなりの数を切り捨てていた。
 その更に奥、隠れていた弓兵が突然に姿を露し一斉攻撃を仕掛けてきた。

「危ない!!」

 後先考えず、餓鬼を自分の方へと抱きとめて、そして、全て叩き落としたと思った矢も一 本自分の肩に深々と突き刺さる感触がした。
 餓鬼は何が起きたのか分かっていないようだった。この戦場、いつ敵の襲撃に遭うかもしれない中、周りをさぐる事を怠るということは死ぬ ということと同じことだ。

 「貴様はもう死にたいのか!?」
「あんた・・・」



呆然とこちらを見上げるその顔には肩に刺さった矢が見えたのだろう。一瞬にして表情を変 えた

「お・おい!!肩!!!」
「こんな物・・・大した傷に入りもせぬわ・・・」

>深く刺さった矢を引き抜くと、肩の関節の方からいやな感覚が広がった。
きっと、見事に間接を射抜いたのだろう。
持っていた布で何とか傷を縛り上げ、止血を行った。

「ところで餓鬼。貴様はもう死んでしまいたかったのか?」
「・・・・別に・・・ただ、考え事をしていただけだ」
やはり、餓鬼は餓鬼だな。
この戦場では考え事は死を意味するというのに。
そんな餓鬼を引っ張りあげ無理やり先陣へと連れ戻した。
今は何も考えるな。考えていいのは敵の急所への攻撃のみ。
そのうちに吹っ切れたように切れ味は上がり、その様子は気迫が戻っていた。
天幕が小さいと馬鹿にしたとき、視線だけで言い返してきたあのときの目のように。




そのうちに呂布が城内から出てきた。
真っ先に餓鬼はくらいついていったが、やはり餓鬼一人では無理らしく押されていた。気迫 にも。技量的にも。
助けるとするか。上手くすれば魏にかなりの利益をもたらすかもしれない。
そう思いつくと行動は早かった。離れていた距離を縮めるため肩を誤魔化し走り出した。
 だが急に、餓鬼一人のために何をそんなに気にすることが有る。そう、自分に思った。
軍にたいして・・・となら、理解できる。

無論、この戦いで名をあげる事は我が軍も上がるということになる。
だが、それを差し置いて“餓鬼を助ける”ということが自分の中で先走っていたことに気 がつき、助けにいこうと、軍に貢献しようとしていた行動を止めてしまった。
前言撤回だ。餓鬼に言ったことは自分にも当てはまってしまった。
考えることは相手の急所のみのはず。
今はそれ以外考えることは否、考えること自体無意味なこと。
そう思い直し、再び刀を握り罵声を上げ目の前にいる敵へと切りかかった。


 
 
 
そして戦は
袁紹軍の勝利となった。
餓鬼といえばかなりの深手を負い、自分で立ち上がることが出来ないようでいた。
「生きてるか餓鬼?」
「・・・あぁ・・・・なんとか・・・な」
己の刀を支えにし、外壁に背を預けどうにか座っていられるのだろう。
「立てるか?」
「・・・っ・・・ちょっと・・・・無理みてーだな・・・」
>起き上がろうとするが、足が動かないのかまったく立ち上がれないようだ。
かく言う自分も似たような物だがな。
岩を背にし、楽な体制で座っていた。
「・・・あんたこそ、大丈夫なのかよ?」
「無理だな」

きっぱりと言い返してやった。

「・・・・・・・・武将がそんなんでいいのかよ・・・?」

呆れたように聞いてくる姿に気が抜けたのだと分かった。
「ああ。武将でも人間だ。無理な物は無理と言って何が悪い」
>「・・・それも、そうだな・・・」
「一つ、聞いていいか?」
「何だよ?」

そうして、一番気になっていたことを切り出した。

「貴様は何を大事な戦中に考えていたんだ?」
「・・・」
暫しの無言。話していいのか迷っている様子が見て取れた。


「無理に聞こうとは思っていない」
「・・・・・・・・・・・・野獣」
「?」
「・・・・俺は人間じゃなくて、人の血肉を貪ることで生きる証を掴む野獣なんだっ て・・・感じたんだ・・・・」
「・・・・」
「だから・・・・、同じ賊上がりのあいつはどう感じてんだろーなぁ・・・って、そう思っ たんだ」
「野獣か・・・・・」
「ああ・・・。笑えるだろう?今更何をってよ・・・・」

自重ぎみに笑う表情にはどこか悲しみを漂わせていた。

「そうだな。今更過ぎて笑おうにも笑えぬな」
「・・・・」
「だが、俺は一つだけ今回の戦で気に入ったことがあった。この獰猛な獣が行き交う中で な」
「・・・?」
「お前だ。餓鬼」

気になっていたのだ。あの時、初めて視線を合わせて互いに相手の名を呼び合った。
そう、あの時から。
だから、考えるより先にあの矢の雨からこいつを助けていた。
自分の肩がどうなろうと気にせずに。
でなければこの戦、この餓鬼のように変に考え事などしない。

「・・・俺?」
「そうだ」
「おい、何言ってるのかわかってんのかよ?大量出血で変になっちまったか?」

慌てたように言い返してきた。
「何も、其処までいう事は無いだろ?」
「だってあんた、俺は呉であんたは魏だろうが。これから敵に回ることもあるだろうが」
「そうだな・・・。そうなるかもしれないな」
 「しれないなって・・・」
「それでも俺は、餓鬼、お前が気に入ったんだ」
 「・・・・・」

真っ直ぐ見据え言う。
 何て答えたらいいのか分からないのだろう。視線を少しずらしている餓鬼を目にしなが ら。

 敵になるかもしれない相手を気に入っても仕方ないことだ。
 だが、もう気がついたことを後に回すというのはしたくなかった。
 戦も終わったのだから。
「同じ賊上がりの者がどう思っているのかが気になるといっていたな?」
「・・・」
少し照れたように、顔だけをそむけ遠く見える陣へと視線を向けた。
「その者が好きなのか?」
唐突だとは自分でも思った。
それに、餓鬼の言い方だときっとその同じ賊上がりという者も同性だろう。

「・・・・」
「何も言わぬなら肯定と取ってもいいな?」

意地の悪い聞き方だ。どう見てもそうとしかいえないのに。

「・・・ぁぁ」

小さく聞こえるか聞こえないかぐらいの声が聞こえた。

「・・・もしやその者は、周泰か?」
「・・・ッ
!?」

いきなり核心にくるとは思っていなかったのだろう。見る見るうちに顔に赤味が増してい く。

「な・なんであんたが・・・!?」
「知っているか?」
>「・・・あ・・・ああ・・」
「今回の戦で大体の者は覚えたからな。それに周泰ともなればお前同様名前を聞かないわけ が無い」

周泰か・・・確かにあの者も賊上がりだったな。かなりの腕前と聞いた。



勘弁しろとでもいうように、餓鬼はずるずると外壁に預けていた背がすべり一層深く座り込 むような体制になった。

「それは、悪かったな」
「悪びれた様子がねーけど・・・?」
「そうか?」

きっと楽しいのだろう。自分はこの餓鬼をからかうことが。

「餓鬼、貴様はその様子だと自分の気持ちを打ち明けては居ないようだな?」
「・・・ッ!!・・・ったりめーだろ!?・・っく・・」

>大声を出したため傷に触ったらしい。

「そうか。なら今俺が出ても文句も無いな」
「はぁ?」
痛む傷を誤魔化し立ち上がると、おもむろに餓鬼が居るほうへと歩み寄った。

「お・おい!?」
「黙れ」
そう言うと、強引に唇を合わせた。
「・・・んぅッ!?」

餓鬼は傷の所為動けそうも無い。それに、きっと自分自身でもこの行動の意味を完全に理解 していないだろう。
なんせただの思いつきの行動なのだから

「んぅ〜〜・・・はッ!!」

やっと解放してやると今まで少し青み掛かっていた顔色がいっきに赤く熟れた。

「な・・何すんだよ!?」
「接吻だ」
「わ・・・・分かってる!!だから、なんでこんなことしたんだってきいてんだよ!!」
「知らんな」
「はぁッ!?」

なんせ、自分でもよく理解してないのだから、説明するなんて芸当ができるわけ無い。
そのとき、丁度陣を建て直し迎えに来た使者が目に入り、そちらへと痛む体を宥めながら歩 み始めた。

「お・おい!!」
「なんだ?」
「まだ、理由をきいてねーぞ!!」

理由・・・そんなことが必要なのか・・・
「理由・・か・・・・・」

>餓鬼はそれを聞くまで離してくれなさそう だ。

「なら、煩っておけ」
「はぁ・・・・・?」
それだけ言い残しやって来た使者に肩を借 り自分の陣へと戻っていった。





 面白くなりそうだ。
背には餓鬼のわめき声が聞こえる。
一人、玩具にも似た者が出来た。

今後もし、共に戦うことがあるなら我が軍と同様あの餓鬼に手を貸すことにしよう。
それが、今の自分で唯一煩うことのないものだか ら。








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    煩いの意味は、悩み、心配などを指します。
    ・・・・で、どこが煩いなのかって聞かれると・・・・
    すみません、自分でも分からなくなってしまいました。
    
    いや、最初はもっと夏候惇に悩みまくってもらおうとか、甘寧に周泰のことで頭を抱えてもらおうとか、
    思っていたのですよ。
    でもね、なんだか勝手に突っ走ってくんだもん。(ぅぉぃ)
    
    この話は、甘寧のほぼ一人称の「想い」と連鎖しています。
    これは、これからもシリーズとして徐々に考えて居るところでふ。
    ってか、もう最後の終わりだけはしっかりと考えちゃってたりします;
    


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