小さいころから生きてきて、覚えたこと。

人の心は変わること。

思いさえ、変わってしまうこと。

 

 

『では...自分は何を信じればいいのだろ う...』

と、いうこと。

 

 

 

 

 

「想い」

 

 

 

 

「甘寧」

そんなことを思い出すように考えていたとき急に呼ばれた。

「っえ?」

少し慌て、腰を下ろし池を眺めていた顔をそちらへ向けた。

「しゅ・・周泰」

そこに居た人物に余計驚き、俺は慌てて立ち上がった。

「どうしたんだ?」

「・・・」

相変わらずのこの沈黙。

だが俺は、この沈黙を作る相手に心が偏っているのを感じていた。

それはいつのころからだろう・・・気がついたら、こうなっていたようにも思え る・・・。

「だ?か?ら、何のようなんだよ?」

決して気付かれてはいけない思い。本当なら、自分だって気付かなかった方がよかった 思い。

でも今は、それを隠して、普段と変わらないよう、不機嫌を装って先を促す。

「・・・殿がお呼びだ」

それだけ言い、そのまま何事もなかったように俺の横をすり抜け行ってしまった。

(・・・バカヤロウ)

その背中を感覚だけで追って、気配がなくなってから俺はゆっくりと歩き出した。

こんな気持ちは今まで知らなかった...。

勿論、恋をしたことが無いといえば嘘になる。

でもこれは、そのどれとも違う感覚で、無性に悲しく、切なく、俺の胸の中に貪欲に住み着いていた。

自分でも馬鹿だとは思ってる。なんせ、相手は同じ男だ。共通点といえば双方とも元賊 ということぐらいで・・・。

殿に恩義を感じている・・・と、いうところあたりだろうか。

そんなこんな、考え事をしていながら歩いていると、危うく目的の部屋を通り過ぎてし まいそうだったことに気がついた。

誰も見ていなかったとは分かっているが、変に気恥ずかしい気分だ。

「甘興覇、入りま?す」

「ああ、待っていたぞ。甘寧」

と、机に向かって書類を読んでいた視線を上げた孫権。

「で、用ってなんすか?」

「いや、用ってほどのものじゃないのだが・・・・」

そういって、俺を客用の椅子に座らせ、最初から用意してあった茶と茶菓子を出してき た。

「あ、すいません・・」

出された茶に礼を言って受け取った。

「お前、このごろ何かあったのか?」

「!?」

茶をすすっていた俺は一瞬、周泰のことについて言われたのかと思い口に流した茶を危 うく吐くとこだった・・・。

あ・・あぶねー・・・・・・・・・・。

なんとか、むせ返りもせず平静を装った。

「なんでっすか?」

「いや・・・なんでって言われても困るんだが・・・何やら、お前この頃元気が無いよ うな気がして・・・・」

「はぁ・・・・」

この人、見かけによらず敏感だな?とか、心の隅で考えながら俺はさっき会った周泰の ことを思い出した。

「別に、・・・これといってありませんよ」

嘘だ。

「そうか?」

少し疑わしそうにこちらを見てくる殿。

「そうっすよ。それに、俺が何に困るって言うんですか?」

自分で言うのもなんだが、賊をやっていたころに比べて今は、衣食住に困るわけもな し、戦だって計画にのっとってやるか・・・少しくらいずれても何も支障は無い。

手合わせだって結構な武将がその辺にごろごろと居る。

「ん?・・・それはそうなんだが?・・・」

納得しきっていない顔つきで天井を仰ぎ見る殿に俺は気が付かれないうちに早々と退散 を試みた。

「だから、何もありませんって。じゃ、俺ちょっと用があるんでこの辺で」

と、椅子から立ち上がる。

「あ、ああ。でも、何かあったらちゃんと言えよ?じゃなきゃ、何にも対処も出来ない からな」

と、少し苦笑しながら言ってくる。

「ああ。分かってますって」

いたずらっぽい笑みを浮かべて俺はそれだけ言い、そのまま部屋を後にした。

廊下をしばし歩くと俺が居た中庭が見えてきた。そして、俺が先ほどまで座っていたと ころには、

「・・・周泰・・」

そこには、近くの木に寄りかかっているあいつが居た。

 

 

 

 

こんなにも近いのに...

声を出せば...

手を差し伸べれば...

届く距離だというのに...

なのに、何故こんなにも遠くに感じてしまうのだろうか...

 

 

 

人の心は変わること。

想いさえ、変わってしまうこと。

 

 

 

そうならば、この想いは変わってしまうということなのか。



人の心は変わること。

想いさえ、変わってしまうこと。



この想いは、この不安な気持ちは、届くことは無いのだろうか... 



Fin